ピピピッ ピピピッ ピピピッ

 携帯電話の目覚まし機能の音で僕は目を覚ます。

 窓の外はピカピカの晴れ模様。

 僕はベッドから飛び出して、柄にもなくちょっとウキウキしながら着替えにかかる。

 そう、今日は………デートの日だ。





僕がそそくさと2階から降りてきたら、由美子姉さんが既に起きて
食事の支度をしていた。

「あら周助、お休みなのに早いのね。」
「うん、ちょっとね。」
「さてはお隣のちゃんとデートでしょ?」
「やっぱりわかる?」
「隠してるつもりなんだろうけど、オーラがすっごく楽しそうよ。」

やれやれ、姉さんには敵わないなぁ。

僕は思いながら自分も姉さんを手伝って朝御飯の用意をする。

ちゃん、ホントに可愛いものねぇ。あーあ、私もあんな妹がほしかったわ〜。」

……ちゃんが妹になったら、姉さんは着せ替えごっこに
明け暮れそうな気がするけど?

「僕、先にご飯頂くね。」

これ以上姉さんの妄想(?)の相手してたら約束の時間に遅れそうだ。

「周助、くれぐれもちゃんを退屈させちゃダメよ?」
「大丈夫、そんなことしないよ。」

僕は言ってパンにかじりついた。

寝ぼけ眼でパジャマのまま降りてきた弟の裕太が
『外にアニキの彼女が来てる』と教えてくれたのは
僕がパンの大半をかじり終えた時だった。





裕太が言ったとおり、家の前には見慣れた小さな姿がチョコンと立っていた。
ちなみに手には何やらバスケットを持っている。

「お早う、ちゃん。」
「あ、不二先輩。お早う御座います…」

僕が言えばお隣に住む女の子はピョコッと頭を下げる。

「もしかして待たせちゃったかな?」
「い、いえそんなことないでふ…」

クスクス。
ドキマギして『です』が『でふ』になってるとこが可愛い。

時の流れは早いもので、僕が ちゃんと付き合うことになってから
3ヶ月は経ってるんだけど…。

当のちゃんはまだこんな風に緊張するところがある。

「じゃあ、行こうか。」
「はっ、はいです!」

そうして僕とちゃんは歩き出す。

僕はいつもより少しゆっくりめに。
ちゃんはちょこちょことハムスターみたいに。

もっとゆっくり歩こうか?、と僕が言ってもちゃんは首をプルプル振って、
別にいいです、と言う。
そんなちゃんに僕は、ああ、やっぱり可愛いなぁ、と思う。

「不二先輩。」

ちゃんが言った。

「何だい?」
「今日はどこに連れてってくださるんですか?」

ちゃんの質問に僕は何故か笑みを禁じえなかった。

「行けばわかるよ。それまでのお楽しみ。」

僕が言うとちゃんは首をかしげ、いつもの癖で『ふみぃ…』と呟く。

「わかりました、楽しみにしてるです♪」

言って微笑むその顔は、僕の小さな幸せだとこの子は知っているだろうか。


僕らはそうして駅について電車に乗る。

休みのせいか、人がかなり多い。

家族連れ、友達同士、カップル……多分、めいめい好きな所へ出掛けて
楽しむんだろう。僕らみたいに。

僕はそんな混雑状態の中、ちゃんが紛れてしまわないように
そっと側に寄せて座席に座る。
ちゃんは『ふみぃ、別に大丈夫です…』というけど、取り合うつもりはない。

「はぐれたら困るからね。」

そう言ったら、

はちっちゃい子じゃないですー!」

 と怒られた。

でも、その顔もまた僕にとっては小さな幸せ。
言ったらちゃんは『不二先輩は時々イジワルです。』って言いそうだけど。

ちゃん、どうしたの?」

気づけばちゃんが何だか俯いているので僕は尋ねた。

「………。」

ちゃんは黙ったまま答えない。
どうも様子がおかしいので辺りを見回して僕は気がついた。

「言わせておきなよ。」
「!!」

ちゃんが吃驚したように肩をビクンとさせる。

「どうして…?」
「何だか、人目が多いみたいだから。それだけだよ。」
「先輩…」
「ほら、後、駅3つだよ。」

僕は窓の外を指差して話を逸らせた。

「どこに行くのか楽しみですー。」
「ふふっ。」

ちゃんと一緒に窓の外を見ながら僕は彼女が喜んでくれるかなぁ、
なんて考えていた。



「うわぁー。」

ちゃんの目が輝いた。

「色んな植物がありますねー!!」
「どう?」
「すっごく素敵です!!あ、あの花、綺麗ですよー。」

ちゃんは言って、奥で艶やかに咲く花のところまで駆けていく。

そう、僕がちゃんを連れて行ったのは植物園だった。

デートで行くにしては地味、かもしれない。
ホントは遊園地とかでもいいかなって思ったんだけど、
ちゃんを騒がしいところに連れて行くのはちょっと気が引けて…。

僕も折角のちゃんとの休みを静かに過ごしたいしね。

「先輩、先輩、」

奥からちゃんが僕を手招きする。

「こっちの花も綺麗ですよー。」
「どれどれ?」
「これです。」

ちゃんが指さした先には白くて繊細な花が咲いている。

「へぇ、鷺草(サギソウ)だね。」
「ふみ?」
「ほら、鷺が羽を広げて飛んでるみたいでしょ?」
「あー、ホントですー。」

言ってしげしげと鷺草を見つめるちゃんが鼻を近づけてる小動物に見えたことは
僕だけの秘密。

まあ、そんな感じで僕らはしばらく植物園の中を歩き回った。
やっぱりこういうところはいいね。
緑が沢山で落ち着くし、普段あんまり見ない植物も見られるし。

今日はちゃんと一緒だから、余計にいいな、と思ってしまうのかもしれない。

「不二先輩、どうかしたんですか?」
「何でもないよ。」

ただ……

「僕って幸せだなって。」
「ふみっ?!」

ちゃんのほっぺたが、たちまちその時側で咲いていた花みたいな桃色に染まる。

「…先輩、時々吃驚すること言うです。」
「そう?」
「そうです。」

僕としてはあんまり自覚ないんだけどね。だって思ってることを言っているだけだもの。

「先輩、あそこにサボテンさんが居ますよー。」
「ホントだ。」

サボテンに『さん』をつける上、『居る』なんて言うのは
僕の知ってる中でもちゃんくらいのものだろう。

「あ、あのサボテンさん、細くて何かぶらさがってますねー。」
「ああ、ヒモサボテンだね。」
「へー、不二先輩のとこにもあんなサボテンさんは居るんですか?」
「いや、あそこまではさすがにちょっと…大きすぎるよ。」

で、次に聞こえるのは『ふみぃ…』という子猫のような声。

多分、なるほど、って言ってるんだと思う。

「じゃ、あそこの赤いお花が咲いてるサボテンさんは?」
「あれはデンマーク・カクタスだよ。綺麗な花でしょ。」
「流石は不二先輩ですねー。」

そうしてしばらくは2人してサボテンが並ぶところを歩いた。

僕が時々(つい癖で)サボテンについてのうんちくを述べると、
ちゃんは面白そうに肯いて聞いていた。

……何てことないけど、幸せだな。

そんなこんなでサボテンのほかにも色んな珍しい植物を見て回って、
植物園を後にする頃には丁度お昼の時間だった。

ちゃん、そろそろお腹すいたんじゃない?」
「ふみぃ…先輩はどうですか?」
「僕はそろそろ、かな。」
「私もお腹減ってきたです。」

それじゃあということで僕らはお昼御飯にすることに決める。

でも何食べようか、と僕が言ったら

「大丈夫です。」

 ちゃんは持っていたバスケットを見せた。

「私、今日お弁当作ってきました。」
「へぇ、わざわざ嬉しいな。じゃ、そこのベンチでお昼にしようか。」
「ハイです!」

植物園の隣にはこれまた木がたくさんある気持ちのいい公園があって、
僕らはそこのベンチに陣取る。

ちゃんはそそくさとバスケットを開けてくれた。

横から中を覗いたら、多分一生懸命作ったんだろうサンドイッチがぎっしり詰まっていた。

「凄いね、これ1人で作ったんだ。」
「えーと、お姉ちゃんにもちょっと手伝ってもらったです。でもほとんど自分でしました。」
「そうなんだ、美味しそうだね。」

僕はいただきます、とサンドイッチの1つに手を伸ばす。

「あ、待ってください。」
「?」
「こっちから半分が不二先輩の分です。」

言われて見てみると、ぎっしり詰められたサンドイッチの列の丁度真ん中に
仕切りがある。
どうも仕切りから左半分が僕の分、ということにしてくれているらしい。

「そっちは先輩の専用にしてみました。」

…………。専用???

さすがに何のことかよくわからなかった僕は、とりあえずサンドイッチを1つ取る。

でも一口かじってみて『専用』というのがどういうことかすぐわかった。

「これ、随分たくさん唐辛子入ってるね。」
「タバスコいっぱいかけて、ハバネロ入りのソースもかけてみたです。
先輩、辛いもの大好きだって言ってたから…」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな。」
「でも、作ってたらお姉ちゃんに文句言われたです、唐辛子の匂いで鼻が痛いって。」

確かに普通の人には辛いかもね。
僕もよく英二に『信じらんにゃーい』とか言われるし。

「あ、あの、お味はどーですか?」
「美味しいよ、すっごく。」

僕が言うとちゃんの頬が植物園にいた時よりも赤くなる。
それこそ、間違って僕用のサンドイッチをかじってしまったみたいに。

「え、えと、お茶もどうぞです。」
「有り難う、頂くよ。」

お茶の入ったカップを受け取って僕は微笑む。

ちゃんの頬の赤みが増した。

ここまでくれば、あの世界で一番辛い唐辛子・ハバネロもびっくりかもしれない。


それからはちゃんと2人、色々なところへ行った。

ちゃんのリクエストで雑貨屋さんに行ったり、花屋に行ってみたり。
(ちなみに僕はついつい新しいサボテンを買ってしまうとこだった。)

町からちょっと外れたところを散策するのもなかなか乙なものだった。

これもまた、小さな幸せ。

「歩き回るのっていいですねー。」

並木通りを歩きながらちゃんが言う。

「ホント?」

答えはわかりきってるのに僕はついつい聞いてしまう。

「勿論です。」

案の定ちゃんは言った。

「先輩と一緒だからもっといいです。」

何とも不思議なことに今度は、僕が柄にもなく赤くなってしまう番だった。



「今日は有り難う御座いました。」

夕焼けの光をバックに、ちゃんの小さな頭がピョコンと下がる。

「とっても楽しかったです♪」
「喜んでもらえて嬉しいよ。」

ホントに。

「不二先輩。」
「何だい?」
「また一緒にどこか行きましょうね。」
「うん。その時はまた、激辛料理作ってきてね。」
「勿論です!」

ちゃんがニッコリと笑う。夕日のせいかな、何だか眩しい。

「先輩も吃驚するくらい凄いの作ります。」
「アハハ、それは楽しみだね。」

僕はひとしきり笑って、そろそろ夕日も翳りだしたのに気がついた。

「それじゃあ、そろそろ暗くなるし。また明日ね、ちゃん。」
「はい、また学校で。」

ちゃんは言って、僕んちの隣の家へと歩いていく。

僕は自分ちの門の前に立ったまま小さな姿が門をくぐって、
ちゃんと家の玄関の中に入っていくまで見届ける。

何だか声が聞こえる。多分、ちゃんのお姉さんが妹を迎えてるんだろう。

 やがて、ドアが閉まる音がしたのを確認すると僕は自分も家に入る。

「ただいま。」
「あら、周助。お帰りなさい。……ヤダ、なぁに?随分とニヤついちゃってっ。」
「そう?」
「そうよ、ポーカーフェイスで誤魔化してるつもりなんだろうけど、バレバレよ?」

いかにもからかってやろうという気満々の姉さんを、僕は黙ってやり過ごす。

……そりゃそうだよ。

今日は1日、小さな幸せいっぱいだったもの。

「周助。」
「何?」
「大事になさいよ、ちゃん。」
「うん…」

僕は頷きながら1人、ニッコリ笑うふみふみ少女の顔を思い浮かべて
小さな幸せに浸った。


今度は一緒に、どこ行こうかな。


Little Happiness 2 終わり。


作者の後書き(戯言とも言う)

ちゅー訳で、Little Happiness第2弾でした。

最早皆様ご存知どおり、ラヴラヴ苦手の私ですが何とかちゃんと書き上げましたよ!

ついでに画面をちょっと凝ってみました。
今までの中で一番凝ったかも。

しかし…不二少年は難しいなぁ。

ともあれこの作品をリクエストくださった嵐 ゆたか様に捧げます。

ここまで読んでくださった方も有り難う御座いました♪

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